ヒステリック・ミステリー

渋谷駅界隈_渋谷川-01
渋谷駅界隈_渋谷川-01 posted by (C)トロイ


「久しぶりに元カレに会うの。ちょっと自信ない。いっしょに行ってぇ」
 パスタが甘え気味にウインクをした。
「お前にそう言われちゃ、断るわけにもいかんだろ」
 パスタは顔をくちゃくちゃにして、私に飛びつくとプチューッとキスをした。

 私たちはパスタと元カレとのランデブー・ポイントがある<茶の湯>駅に行った。駅から少し行ったところにあるイタリア風のバールの横で、私たちは元カレが来るのを待っていた。
「いやだぁ、やっぱし。…来てる」
 パスタが指差したほうを見ると、向かい側の道路わきに無造作に止めてあるスポーツカー・タイプの真っ赤なオープンカーの中で、カーステレオから流れる「ラブ・ミー・テンダー」に合わせて、不安定な格好で腰を寄せ合ってチークダンスをしているウィンナーとスパゲティの姿があった。
 彼らの腰の動きに呼応してクルマが上下左右に微妙に揺れていた。
「お前の元カレって、あいつか?」
「そ、ウィンナーときたら、私が見ているのを知っているんだ。くやしーぃ」
「なんだ、お前、あんなスパゲティに妬いているのか」
「スパなんか関係ない。ウィンナーの、あの、これ見よがしのやり方が…」
 パスタは唇を噛みしめた。
「あいつに話があってきたんだろう。そんなこと気にせずに、ヤツのところに行ってこいよ」
 私はパスタの尻を軽くたたいて促した。パスタは2、3歩行ったところで、私のほうに振り向いた。心もとなげな様子のパスタに、私は<そうだ、行け>と目配せをした。

 パスタはチークダンスで腰を振っているウィンナーに後ろから声をかけた。ウィンナーは踊りを止めずに、身体を捻ってパスタのほうを見た。パスタが何か言っているが、私の耳には届いてこない。
 突然、ウィンナーが踊るのを止めた。フロントガラスの窓枠に左手をかけ、ウィンナーがオープンカーからひらりと飛び降りた。
 パスタとウィンナーは言い争っているようだった。私はクルマが通りはしないかと冷や冷やしながら路上の二人を眺めていた。
 ウィンナーがパスタの左手を引っ張りながら私のほうに歩いてきた。
「ちょっいとばかし、こいつを借りるからな」
「おい、君。ちょっと待て」
 パスタが<構わないで、お願い>というように首を横に振った。
 ウィンナーには私の言葉などまったく耳に入らなかったらしい。彼はぶつぶつ言いながら、パスタを引きずるように歩きながらバールの中に入っていった。私はあっけにとられて見ているだけだった。

 10分たっても、ふたりはバールから出てこなかった。オープンカーではスパゲティが手持ちぶたさげにタバコをふかしていた。彼女のトマト色のマニュキュアが鈍く光っていた。
 15分ほどたっただろうか、ウィンナーとパスタが肩を寄せ合い、どう見てもラブラブという感じでバールから出てきた。
 二人は私のところまで来ると、何事もなかったように身体を離した。
 ウィンナーはパスタに振り返りもせずに、さっさとクルマに戻っていった。パスタはパスタで、未練げにウィンナーを見やるということもなかった。
「どうした。心配したぞ」
「なんでもないっ、てばぁ」
「ならいいんだが」
 オープンカーに目をやると、ウィンナーはすでにシートに深く身を沈めていた。
 彼はスパゲティの左頬にキスをしながらエンジンをかけた。タイヤが悲鳴を上げる音を残して、あっという間にクルマは街角から姿を消していった。

「ねぇー、帰ろう」
 パスタがまた甘えた声で私に身を預けてきた。
「ああ」
 私たちはメトロの出入口のあるビルのほうに歩いていった。私は右手をパスタの右肩に置き、やさしく抱き寄せながら耳元にささやいた。
「うまくいったのか?」
「うん」
(やはり、そうか)
 私たちはメトロの駅への暗い階段を下りていった。



PUZZLE-02d
PUZZLE-02d posted by (C)トロイ


 階段の蛍光灯が息切れしているかのように点滅していた。
 階段を下りていくにつれて、心なしか男性の分泌物のような饐えた臭いがしてきた。
「お前、あのバール、ヤツと会うのに使ってたんだろう?」
「ええ、まぁ」
「仕切りの黒いカーテンの奥に階段があってさ、上に部屋が…。あれか?」
「それがどうかしたの」
「ううん、なんでもない」
 私はパスタの肩を引き寄せた。二人の影がシャム双生児のように数段のステップに折れ曲がって映っていた。
 3階はゆうに下ったはずなのに、私たちはいっこうにメトロのフロアに出られなかった。

 さらに下っていくと、階段には、ヒットしている映画の上映開始時間前のように長い行列が出来ていた。並んでいる男も女もみな疲れきった表情をして押し黙っていた。
(券売機に、こんなに?)
 私は列の最後尾に並ぼうとした。
「わたし、スイカーがあるから」
「西瓜?」
 パスタは私から身体を離すと、バッグから取り出した定期券入れを私に見せびらかすようにして、足取りも軽く階段を下って行った。まるで、バイバイとでもいうように。
 私はあわててパスタの後を追った。
 しばらく下っていくと自動改札口とその横にある券売機が目に入った。パスタの姿はすでになかった。



新抽象派試作品-03_謝肉祭
新抽象派試作品-03_謝肉祭 posted by (C)トロイ


 行列は左の券売機にだけ出来ていて、もうひとつの右の券売機には誰も並んでいなかった。券売機に列を作っている人たちは切符を買おうとはしなかった。ただ券売機の前に並んで、無言で何かを待っているという風だった。

 私は不思議に思いながらも、小銭入れからコインを取り出して投入口に入れた。
 タッチパネルに表示された目的地までの料金の箇所に人指し指で触れると画面が初期画面に戻ってしまった。肝心の切符が出てこないばかりか、取り消しの赤いボタンを押しても投入したコインは戻ってこなかった。
(なんだ、これは!)
 私は呼び出しボタンを押した。すると、タッチパネルの画面が変わって、券売機の向こう側にある駅事務室の内部が映った。それはパネルの画面に映像が映し出されているというよりは、ガラス越しに室内が見えているような感じだった。
 ドアでも叩くように、私はパネルの上を右の拳でノックをした。ハンバーグの駅員の一人が怪訝そうな顔をしてこちらを見たが、私には気づかないようだった。今度は強目に画面をノックしてみた。ハンバーグがまたこちらを見て、首をかしげた。
「すみませ~ん!」
 大声を出してノックをすると、ハンバーグが券売機に近づいてきた。パネル越しに覗き込むように首を伸ばして、ハンバーグがこちらをうかがっていた。
「すみませ~ん!切符が出てこないんですがぁ~!」
 音もなく券売機の小さな窓が開いた。
「そんなはずはないんですが…。お客さんがそうおしゃるのなら、調べてみますか。ちょっとお待ちを」
 声の調子とは裏腹に、ハンバーグは面倒くさそうに小窓を閉めた。
 ハンバーグは券売機の裏側の機械部分をドアのように開いた。なにやら探している様子だった。
 これだ、と言わんばかりにハンバーグは小さなガラス製のtube(試験管のようなもの)を取り外した。そして、それを明かりに透かしてみたり、振ったり、鼻をtubeの口に近づけて嗅いだりした。
 ハンバーグは事務室の中央付近まで行くと、tubeを強く数回振ってから内部にあるものを床に振り落とした。リゾットと云うよりはお粥といった感じの白っぽいゲル状のものが床に飛び散った。ハンバーグがそれを靴で掃くようにしていくども伸ばしていくうちに、ゲルがゾルに変化していった。靴底についたゾル状のものはかなり粘り気があるらしく、ハンバーグが靴を床から持ち上げるとガムのようにべたーッと伸びた。彼は納得したような顔をしてこちらを見た。
 靴底を床にこすり付けて粘り気を取り除きながら、ハンバーグが私のところにやってきた。
「故障知らずの券売機がだいなしだ!こんなものを流し込んで」
 ハンバーグは怒りを露わにして、粗挽きの肉の一粒一粒をじゅーっと顔面一杯に膨らました。
「そんな、私は、なにもしていませんよ。切符を買おうとしただけです」
「切符は隣。こっちはコレ専用!」
「専用って、なにがです?」
「なにがって、ゾル化予防ゼリーに決まっているだろ」
「ゾル化予防?ってなんの?」
 私には何がなんだか分からなかった。
「パスタが先に通っただろう。あいつ、あんたに何も言わなかったのか?」ハンバーグはいぶかし気にぶつぶつの顔を私に近づけた。
「???…」
「しょうがないぁ。まったく~。流産予防のゼリーですよ」ハンバーグの怒りの声が急に軟化した。
「流産予防!」 私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「何も知らないのですか…。パスタは妊娠しています。彼女が自動改札口を通れたのは、あなたが生まれてくる子の父親であるという認知をしたからですよ。それなのに…」
 私は事態がまったく呑み込めなかった。
「認知だなんて、そんなものした覚えはありませんよ」
「あなた、パスタのランデブーに手を貸したのでは…」
「そんな、ばかな」
「パスタに了解のキスをしませんでしたか。それも認知の証です」
「・・・・・」
 私は絶句してしまった。
「あなたはこの機械に投入すべきものを入れずに、なにか硬いものを入れてしまった。それで、この機械は<生命>のゲルを作り出すことが出来なくなり、故障したわけです」
「故障するとどうなるのですか?」
「あなたも見ていたでしょう。ゾル化です。流産ですよ。その代償としてですね、隣の券売機に並んでいる人たちが<生>を受ける順番を待っているんです…あなたのお子さんとして」
「そんなぁ!」
 隣の券売機の一番前に並んでいるのは、私よりずーっと年上の男性だった。彼は私を見ながら、大きく裂けた狼のような口を開いて、喉の奥からくぐもった声を出した。

「パパ、よろしく」



behind the curtain of the heaven_nice to see you-02 or welcome!
behind the curtain of the heaven_nice to see you-02 or welcome! posted by (C)トロイ




こちらもよろしく!

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』↓

   夢幻のスペース・オデッセー

  HPにも来ていただけると嬉しいです。


*心象風景の画像のある「夢幻のOdyssey(オデッセー)」と「for BLOG_心象風景」はこちらです。↓

   夢幻のOdyssey(オデッセー)

   for BLOG_心象風景

そして、↓

   『for 「575の宙」』

他の画像も見に来ていただけると嬉しいです。


Thank you in advance for your visit.

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Re: No title

トロちゃんさん

いつもありがとうございます。

おもいしろいと思っていただきたいへん嬉しいです。

"食べ物にたとえている名前!"にトロちゃんさんが言及してくださり、名前付けが私の自己満のみではないことがわかりホッとしました。

地下鉄の駅に降りていくところから、ストーリーは一種のPUZZLEめいたものに…。

常識的に読んでいたら、すべてが???で、ストーリーの世界に遊ぶことができないですよね。
トロちゃんさんが書いてくださったように、意味深なところを含めていろいろとイメージして読んでいただければありがたいです。

最後の画像が猿の顔のように見えましたか!
そう見てみると、現代人のたとえば恋愛関係や性的行動そして家族というものなどが先祖帰りをする感じ(いわば退化論)になり、私におもしろいイメージを喚起させてくれます。
私のイメージを広げてくれて、トロちゃんさん、どうもありがとう\(^o^)/

No title

おもしろいです~
食べ物にたとえている名前!
何だか解るような感じがしました!
美味しいものばかりですね!(^^)!

意味深なのもありで?
興味深いというか?

顔は猿のように撮らえましたが・・

プロフィール

KJYD

Author:KJYD
来てくださったかたがたに、そして『拍手』をしてくださったかたがたに、心から

Alles Gute!

どうもありがとう。


*東京散歩の写真、「心象風景」や「ショートストーリー」そして「575の宙に」などに用いた画像など、『フォト蔵』にアルバムとしてアップしてあります。
よろしくお願いいたします。

Thanks a lot.


お願い:

*フォト蔵の画像保存機能の不具合により、ブログに用いた画像の一部が非表示になってしまうことが度々あります。

 非表示になってしまった全ての画像をフォト蔵で再保存してブログに再表示させても、また、他の画像や同じ画像が非表示になってしまいます(T_T)

 非表示になっている画像がありましたらコメント欄などで教えていただけると有難いです。

 よろしくお願いいたします。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる