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見ず済ましの昆虫記

『ファーブル虫物語. 1』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
『ファーブル虫物語. 1』 - 国立国会図書館デジタルコレクション posted by (C)トロイ


 春の陽光を身体いっぱいに浴びて、水澄ましは水面に浮かんで昼寝をしていた。
“Do you know me,don't you?”
 耳元で声がして、水澄ましは目を開いた。

 声がした方に目をやると、大きな黒い虫が金色のカードを水澄ましの眼前に差し出した。陽光の中で、<源五郎>という文字が金色のカードから必要以上に浮き出して輝いていた。
 虫の世界では、カードに刻印された自分の名前をいかに効果的にかつ立派に見せるかが大きなポイントになっていた。

 水澄ましは、名刺の出来栄えに命をかけるエリート・ビジネス・インセクトのサイコ映画のシーンを思い出した。嫌な予感がして、水澄ましは黙っていた。

 源五郎は長い髯を撫でつけながら喋りはじめた。
「オレたちの音楽は、元来、アウトサイダーのものなのに、近頃は猫も杓子もミュージシャンでね。いまオレが所属しているM饗の集いに、昨秋、会長兼指揮者Kの顔を立てて行ってやったよ。昆虫音楽家協会の幹部連中もたいしたことないねぇ。オレの存在感に怖れをなして、黙ってオレを見ているだけさ。ま、一目置かれているというか…」

 《アウトサイダー》というややもすると甘美な幻想を抱かせる言葉の響きに源五郎は酔っているのだろう。その口ぶりは自分が才気に溢れたアウトサイダーの音楽家だと言わんばかりであった。

 源五郎は大きく息を吸うと、胸をいっぱいに張り、水澄ましを見下すように眺めた。
 水澄ましは源五郎の過剰な自意識に苦笑を禁じえなかった。

 源五郎はそんな水澄ましの表情にはお構いなしに喋り続けた。
「鈴虫のユーミーを知ってるかい。彼女とは、協会の親睦演奏旅行で南の島に行ったとき初めて会ったんだが、挨拶代わりに、<オレの名を知っているかと源五郎>を彼女に口ずさんでやったよ。
 その翌日、彼女、オレの隣に来てな、“プロデューサーにおだてられてついついCDを何枚か出しました。よろしかったら、私の歌も聴いていただけますか?”と可愛いことを言ってね。その場は、“ア、そう”とだけ応えておいたら、後日、彼女のCDがどさりと送られてきたよ。ま、1曲も聴いてはいないがね、オレは」
 そう言って源五郎は得意気に笑った。

 どう見ても源五郎よりも名が売れていて、才能もあると思われる鈴虫ユーミーを引き合いに出した愚にもつかない源五郎の自己PRに、水澄ましは
<からす貝われはうましと口を開き>
 という戯れ歌を思い出した。

 水面から黒光りする半身を乗り出して源五郎は自慢気に続けた。
「来年の音楽カレンダーに載るオレの曲なんだがね、昆虫音楽界に新風を吹き込む作品だとすこぶる評判がよくてねぇ」
 源五郎はその曲を口ずさんだ。
 水澄ましにとって、それは、シロウトの手になるどこにでもある曲という域を一歩も出ていないものだった。

 源五郎はお構いなしに喋り続ける。
「学生音楽コンクールの応募曲の選考やら出版社からの原稿の依頼やらで、なんやかやと忙しくてね。
 取り巻きの女性陣から懇願されて音楽教室を開いているんだが、オレの指導の下でどんどん新しい才能が開花しているよ」
 源五郎は、どうだ!と言わんばかりにピクンピクンと髯を動かした。

 水澄ましは止まることを知らない源五郎の自己PRにうんざりして、源五郎の話に口を挟んだ。
「音楽の才能のある虫は100万匹に1匹いればいいほうですよ。才能に恵まれた虫なら才能不足の音楽家の門を叩きません。金看板に惑わされて、実際には才能もない音楽家に入門してしまうこともあるでしょう。でも、冷静に判断すれば自分の選択の誤りに気がついてそこをやめてしまいます。もっとも金看板の下で音楽界でうまく世渡りする泳法を学びたいというのなら、話は別ですが…」

 源五郎の顔つきが一瞬ではあるが固くなったように水澄ましには見えた。

「音楽界でメインの仕事をしていると、のんびり昼寝三昧に耽っている時間などありゃしない。いまの音楽家協会を変えるのが、つまりオレっていうわけさ」
と、源五郎は恥ずかしげもなく言い放った。

 昆虫界に古くからある戯れ歌の<教えてる教えてるぞと行々子>とか<苜蓿(ウマゴヤシ)の選別に酔い喇叭吹き>などを例に出して源五郎に言っても、所詮は馬の耳に念仏だろうと水澄ましは思った。


 源五郎は自分の言葉に水澄ましがまったく反応せずに黙ってしまったのを見て、今日はここまでと言わんばかりの勝利宣言をした。

「君という友人ができてよかった」
 源五郎はそう言い放つと、尻翅の先から泡をひとつ出して水中に姿を消していった。


擬似昆虫
擬似昆虫 posted by (C)トロイ


 翌年、源五郎から水澄ましに年賀状が届いた。
 年賀状に金文字で印刷された源五郎の譜を見て、水澄ましの頭に戯れ歌が浮かんだ。

 <先制の苦よ残塁の年賀状>



追記:

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』に載せたものを少し手直ししました。

   夢幻のスペース・オデッセー

  HPにも来ていただけると嬉しいです。


*心象風景の画像のある「夢幻のOdyssey(オデッセー)」と「for BLOG_心象風景」はこちらです。↓

   夢幻のOdyssey(オデッセー)

   for BLOG_心象風景

そして、↓

   『for 「575の宙」』
      

他の画像も見に来ていただけると嬉しいです。

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