朝涼(あさすず)

 ぼくは夜型だ。

 夜中に本を読みだすと、朝まで一気に読み終えるのが常だった。
 その夜はカフカの短編集の世界に引き込まれてしまったせいか、頭がさえて、ぼくはなかなか寝つけなかった。

 未明の昏さの中を夜烏が鳴き交わしながら飛んで行った。
 やがて、網戸の下部の目を抜けてひんやりとした空気が部屋にしみ込んできた。
「ええぃ、起きちまぇ」
 起きはしたものの、手持ちぶたさを感じたぼくは歩いて20分ほどのところにある水辺へと散歩に出かけた。

 夜明け前の水辺のひんやりとした空気を肺いっぱいに取り込むと、睡眠を取り逃がして少々固くなっているぼくの頭の中をさらさらと小川が流れはじめたような感じがした。

 しばらくすると、陽が昇る前の暗い空がうっすらと白みはじめてきた。
 水面と空との間に淡い金色の光がゆっくりと広がり、ぼくはその光にやさしくつつまれた。ぼくは立ち止まり、光が織り成す水辺の風景のシンフォニーを眺めていた。

 すべての色が淡く、やさしさにあふれていた。生まれたばかりのライトブルーの空、淡い金色の空気、蓮の葉の緑、水辺の小径の土の色、ぼくの周りのすべての色が静かな落ち着きをもって融け合っていた。
 いまだ見たことのない幽玄の世界と時間がそこにあった。

 人の気配を感じてぼくは右手の小径を見た。
 だれもいないと思われた水辺を和服を着た少女がこちらに歩いてくる。

鏑木清方『朝涼』
鏑木清方『朝涼』 posted by (C)トロイ


 少女がぼくの横を通り過ぎようとしていた。声をかけようとしたが声にならない。少女のあまりの美しさに、ぼくは精神的にも金縛りの状態になってしまったのだ。

 穢れのない蓮の花のような神々しさを帯びた白い肌の色、そこはかとなく漂うもろさの中に秘められている蓮の花のような強さ、清楚なそして品のよさを基調としたかすかに赤紫のかかった着物と蓮の花を思わせる白い帯…。

 少女は朝涼の水辺の景色にやさしく抱かれながら、ぼくの眼前に菩薩のようにあらわれ、ぼくにかるく会釈をして、ぼくの横を通り過ぎ、水辺の風景の中に消えていった。

 ぼくは、一瞬が永遠へと変化する夢の中に入り込んでしまったような感じがした。


 朝涼の水辺が足早に本来の色を取り戻してきた。

 今日も暑くなりそうだ。



追記:

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』に載せたものを少し手直ししました。

   夢幻のスペース・オデッセー

  HPにも来ていただけると嬉しいです。
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