★「影」★

an enormous shadow of a flying body-03
an enormous shadow of a flying body-03 posted by (C)トロイ


 日中だというのに、物音ひとつしない街に私は立っていた。
「静か過ぎる。先ほどまでの街の雑踏は幻視だったのだろうか」
 宙を見上げると太陽がダイアモンドのように燦々と光り輝いている。それは太陽というよりは、いま誕生したばかりの新しい星と言ったほうが適切かもしれないほどの光の量を私の頭上に降り注いでくる。
「大きい太陽だなぁ。なんなんだよ、この眩しさは。まるで白熱の閃光体じゃないか」

 周囲に屹立する高層ビルディングは太陽の光を乱反射して、空を見上げる私の視界をますます狭めている。眩しい光のせいで眼の焦点が合わせにくい。物の輪郭がはっきりしない私の視野の中で、音も立てずに、黒いものが宙に翔び立った。
「鳥だ!」
 始祖鳥に似た大きな鳥が高層ビルの上空を旋回し始めた。
「なんだ、あの飛び方は。ゼンマイ仕掛けの玩具(オモチャ)じゃあるまいし」
 鳥がぎこちなく、機械的に翼を動かすたびに、ダイヤモンドミストのような光の粒子が尾をひいては消えてゆく。
「火の鳥にしてはさえないなぁ」
 鳥が鳴いた。今日は鳥の鳴き声までもどこか機械じみている。太陽、建造物、鳥、無人の街、無音の世界、すべてがいつもと様子が異なっている。
「夢だ。夢にちがいない」私は自分に言い聞かせた。
 もし夢を見ているのなら、眠りが浅くなったときに夢のストーリー・テラーともいうべき意識下の働きを私は感じ取れるはずでなのある。夢か現か、そのどちらとも判断しかねたまま、私は眼をつむった。

 瞼の裏に、突然、星が消滅への大爆発を起こしたかのような閃光が走った。反射的に眼を開けると、満ちあふれた光の中になにもかもが呑み込まれてしまっていた。まばゆい光だけがそこにあった。 
 光の洪水の中で、私は大気が微動するのを感じた。大気の振動は次第に大きくなり、まるで大地震のように高層ビルを揺るがせながら通り過ぎていった。私はおそるおそる宙を見上げた。大気の巨大な振幅に巻き込まれてバランスを失った鳥が、稲妻のような青白い閃光を放つと、一瞬のうちに消えていった。

 しばらくすると、物を識別できるくらいに光の量が少なくなってきた。クルマも街路樹も何もないコンクリートの街路がコールタールを塗り重さねられたように黒く光っている。相変わらず燦々と光り輝いている太陽と、その光を乱反射している高層ビル群が街の様相をさらに無機質で異様なものにしていた。




THE DAY:from Dali「La persistencia de la memoria」-04a
THE DAY:from Dali「La persistencia de la memoria」-04a posted by (C)トロイ


 動くものさえ無くなってしまった街、ひとの匂いのまったく感じられない街、物音ひとつしない静まり返った街…この街には影というものが見あたらない。
「ここはいったいどこなのだ。私はいつからここに立っているのだろう。なぜ、ここに立っているのだ」
 いくら考えてもわからない。私にわかっているのは、時計塔の大時計が10時10分30秒を指して止まったままになっていることだけであった。

「オマエは軍部による生体実験のことを聞いたことがあるか」
 どこからか男性の太い声がした。その声はマスキングでもされたかのようにくぐもっていて、どことなく機械的であった。声は私の頭上の太陽から送られてきたように思えたが、空耳だったかもしれない。かつて私は軍事目的のために強制収容所で行われていた生体実験の大きなパネル写真を見たことがある。そのときの生々しい戦慄が私に蘇ってきた。

 激しい渇きを覚え、私は水をもとめて歩き出そうとした。しかし身体を動かすことができなかった。私は容易に出てこない唾を搾り出すようにして喉の奥に送り込むより他になかった。
 身体全体がヒリヒリしてきた。思わず天を仰ぐと、静止していた大時計の文字盤がゆがんでいる。大時計の長針と短針が融け始め、黒く糸を引きながら秒針の先から滴っているのが見える。粘り気のある黒い液体は、地上に落下すると、黄色の花弁となって周囲に飛び散った。

 人影もなく物音ひとつしないこの街が不思議な菊の香りに包まれ始めた。
「人間は菊の匂いがしませんか」
 今度は女性の機械的な声が聞こえてきた。どうやら私の空耳ではなさそうだ。
 私は気がついた。私の周囲に満ちてきた菊の匂いは人間の匂いに他ならなかった。それもおびただしい死者の匂いだ。
 コンクリートの街路が黒いのは、いくえにも重なった人の影なのだ。なぜ私がここに立ったままでいるのかを自問自答する必要もすでに無くなってしまった。

 私は立ったままの姿で、ビルディングの壁に、影として黒く焼き付けられてしまっている。

 永遠に……


THE DAY:from Dali「The Disintegration of the Persistence of Memory 」-05c
THE DAY:from Dali「The Disintegration of the Persistence of Memory 」-05c posted by (C)トロイ





追記:

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』に載せたものを手直ししました。

   夢幻のスペース・オデッセー

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*心象風景の画像のある「夢幻のOdyssey(オデッセー)」と「for BLOG_心象風景」はこちらです。↓

   夢幻のOdyssey(オデッセー)

   for BLOG_心象風景

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