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a town of "innocence"

柿の葉-01
柿の葉-01 posted by (C)トロイ


 裸電球ひとつが天井からぶら下がっている殺風景な6畳ほどの部屋の中で私は調書を取られていた。
 私には取り調べられる理由がわからなかった。取調べといっても、この部屋が警察署の取調室とは違うこと、調書を取っているグレーのスーツ姿の係官が刑事や警察官ではないことだけは確かだった。

「名前は?」
「わかりません」
「分からないって事はないだろう」
「わからないのです。自分が誰なのか」
「記憶喪失を装っているんじゃないだろうね」
「いいえ、自分が誰なのか、名前がわからないだけです」
「ふーむ、年齢?」
「48歳です」
「住所?」
「じゅうしょ…じゅうしょ、わかりません。住所もわかりません。ただ…」
「ただ…、どうしたんだね」
「はあ、覚えているのは…、ええ、私は<Experienceの町>に住んでいました。その町は碁盤の目のように整然としていて、道幅もゆったりとしていました。信号などないんですよ。それぞれの家は、絵の具のチューブから押し出されたばかりの混じり気のない色のように鮮やかに彩られていました。庭の植え込みも工夫が凝らされていて、まるでポップアートの世界、そんな町でした」
「そんな町と言っても、それはどこにあるんだね」
「Experienceです」
「Experienceは町の名前だろう?」
「いいえ、場所です。その場所にある<町>に住んでいたのです」
「そんな場所があるのかね?私は聞いたこともないが…。それで?町の名は?」
「それで、ですか?え~と、町の名前…。私の生活も、この町に住んでいる他の人たちと同じように、社会的にも家庭的にも恵まれていました。美しい妻と娘と、俗な言葉になりますが、幸せに暮らしていたのです。そう、あの日までは……」
「その町の名前は…、それも覚えていないんだな。ま、いいだろう。で、その日にいったい何が起こったというのだね」
「その日は…それは白い光がことのほか強い夏の日のことでした。強い日差しを反射する川面のように、庭の柿の葉がきらきらと煌いていました。そう、柿の葉のグリーンのステージの上で、光の粒が水晶のように踊っていました。よく見ると、なかに黒ずんでいる葉があるのに私は気がついたのです。何かに惹きつけられたように、私はその葉を見つめていました。そんな私の脳裏に<魂>という言葉が過ぎりました。溢れるばかりの生命の光を謳歌するこの時季に、ひそっりと黒ずんでいる柿の葉。それは、私の心の中にありながら、それまで全く気がつかなかった暗いアンバランスな部分そのもののような気がしてきたのです。……」
「そのアンバランスとやらがどうかしたのかね」
「はい、私の心の中の暗い所、Experienceの光の届かないところに、私の<魂>があるのではないかと…」
「たましい、ねぇ」
「はあ、私の<魂>は、あの黒ずんだ柿の葉と同じようなものなのかもしれないと感じたとき、私の<心>は急に窒息状態に陥ってしまったのです。それは、私の<存在>そのものを根底から揺さぶりました。なに不自由なく暮らしてきた私の人生は、大空を飛翔することを忘れてしまった鶏の一生となんら変わらないことに気がついたのです」
「たましいとニワトリ、う~ん」
「そうなんです。鶏舎を出て庭で餌をついばむ鶏は、一見、自由のようでいて、実は自由とは縁遠いものなのです。ましてや、人々の口に入る鶏卵のため、あるいは食肉用として集中管理されている狭いケージの中の鶏にはもはや<魂>が自由に飛翔できる余地さえ残されていないのです。
 なに不自由なく<生きる>という日常の旗の下で、家族や隣人や同僚たちが光り輝けば輝くほど、<死せる魂>という概念が私の脳裏から離れなくなってしまいました。盛夏に黒ずむあの柿の葉や大空を飛べなくなってしまった鶏のことが…」
「こむずかしい話になってきたな。それで、柿の葉っぱやニワトリがどうしたと言うんだね」
「私の脳裏から離れなくなりました」
「それは分かっている。で、それから、どうしたんだね」
「そうして、私の<魂>は次第に社会、友人、家族から断絶していったのです。それは、さみしさとか孤独とかいうような言葉では到底表しきれないものでした。そうなんです。<存在>という舞台での<暗転>。<暗転>のまま、私の<魂>は行き場を失ってしまったのです」
「たましいの行き場ねぇー」
「いつの日からか、私は<漂白>ということにとらわれ始めました。<暗転>の次のシーンを求めて…、その先に私の心が求めているものがあるのではないかと思い、私の<魂>はさすらい始めたのです。<さすらい>、それが私の<魂>の救済になるかもしれないというかすかな望みが湧いてきたのです。いま私が捜し求めているもの、それは、<Experienceの町>とは違うやさしい淡い光につつまれた<innocenceの町>なのです。その町で生きていくことが私の<魂のルネサンス>になるのではないかと…」

 私は口を閉ざした。ここまで話せたということで、私の心にかかっていた錘が外され、少しは楽になったような気がした。

「分かりました。<魂のルネサンス>のお手伝いをさせていただきましょう。あなたは<Innocenceの町>に行きたい。そこまでお送りしましょう」
「ありがとうございます」
 私は深々と頭を下げた。


 この町に来てから、どのくらいの月日が流れたのか私は知らない。わかっていることは、この部屋にいる人たちがみな、<魂のルネサンス>を求めてここに来たということだけだ。

 私は白い大きな部屋のウインドウから広々とした庭を眺めている。鳥の姿はときどき目にすることができるがさえずりや鳴き声はまったく聞こえてこない。窓ガラスが極めて厚く、外界の音がこの部屋には入ってこないのだ。

 金属製のドアの施錠が外される音がして、黄色いユニホームの女性たちが部屋に入ってきた。この<innocenceの町>の住人たちに、彼女たちは色とりどりのタブレットやカプセルを手渡していく。
 ここでは、薬を飲むための水は用意されていない。住人が口に含んだ錠剤やカプセルを苦労しながら呑み込んだことを確認すると、彼女たちは確かな歩調で次の住人のところに歩んでいく。


 …もうじき私の番がくる。



Green Mansion-01a
Green Mansion-01a posted by (C)トロイ




追記:

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』に載せたものを手直ししました。

   夢幻のスペース・オデッセー

HPにも来ていただけると嬉しいです。


*心象風景の画像のある「夢幻のOdyssey(オデッセー)」と「for BLOG_心象風景」はこちらです。↓

   夢幻のOdyssey(オデッセー)

   for BLOG_心象風景

他の画像も見に来ていただけると嬉しいです。

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