愛の夢

 恋心を抱き始めたころ、私にもラブストーリーが書けるかもしれないと思っていた。だが、もともと人との付き合いが下手な私は好きな人の前に出ると変に固まってしまい、ラブストーリーの導入部にさえ入れないままで終わってしまうのが常であった。

 そんなある日、カレッジのミーティングでカフェ「モン・プチ」に集まったとき、私の斜め左横にひとりの女性が座った。こんなミーティングに幾度か出ているのだが、私は彼女の顔に見覚えがなかった。メニューを見ている私に彼女が囁くように言った。
「愛の夢」
「えっ?」
 私が彼女の方に向いたとき、彼女と眼が会った。吸い込まれそうな深い眼差しだった。その瞬間、私は固まってしまい、言葉を続けられなかった。彼女の瞳に私の顔が映っているのを見て、私のハートは完全に飛翔してしまった。

「真面目にラブストーリーを書こうとすると苦しいことが多いわよ。ラブストーリーは夢の世界に遊ぶようにリラックスして…」彼女は優しく微笑んだ。
(なんでまた、みんながいるこんなときに…)
 周囲の眼を感じて、私は自分が赤面していくのを感じた。
「大丈夫、誰も聞いてはいないわよ。ラブストーリーを育みたいとき、あなたの頭のどこかで、<真面目に、真面目に>と言う声がしてはいないかしら?あなたはその声に抗うことができないままラブストーリを書こうとしているんでしょう。ラブストーリーは、ね、自分が選んだ真面目な言葉とかきちんとした表現によって愛のエネルギーを失ってしまいがちなの。言葉をもっと自由に解釈して、言葉のもっている世界を柔軟に膨らましてラブストーリーを書いてみてはどうかしら。…そうすれば青空にかかる虹のように愛の夢を結ぶことができるのになぁ」
(夢なんか、所詮は夢にすぎないじゃないか)彼女が何を言おうとしているのか私には分からなかった。

 彼女の声には近しいものがあった。それは確かだった。
「そう。愛の夢は虹のように時間がたつと消えてしまう。でも、消えてしまうからといって、愛の夢を結ぶことを忌んだりしていると、いつまでたっても素敵なラブストーリーは始まらないんじゃない?なんとか書き始めても、硬くて、味気ないラブストーリーにしかならないでしょう。もちろん、そういうラブストーリーを好む人もいるわよね」
(私のラブストーリーは固くて味気ない…?)
「あなただけにしか書けないラブストーリーを書いてみたい。そう思ったら、愛の夢を結ぶトワイライトゾーンに足を踏み入れなくちゃ」

 私は頭が混乱してきた。自己暗示をかけるのが不得手な私には彼女の言うような愛の夢など育めそうもない。素敵に思えるラブストーリーにはいつも袖にされてしまうのが落ちなのだ。それは私がラブストーリーを書こうとするとき、鮨をサビ抜きでオーダーしてしまうから?それともサビを効かせ過ぎてしまうからなのだろうか。

「<愛の夢>は私のララバイ。とてもいい夢が見られるの」
 私をやさしく見つめる彼女の瞳が私の視神経を通って脳細胞を刺激する。
「いつも<愛の夢>を聴きながら眠るんですかぁ?」
 男のすっとんきょうな声が私の耳に入った。
「そう、素敵なラブストーリーのヒロインになって」彼女は男に微笑み返しをした。
 彼女は微笑みながら私にもウィンクをした。私はドギマギしてしまい、ふたたび完全に固まってしまった。

 みんなと別れると、私は<愛の夢>を買い求めるためにCDショップを訪れた。店員に尋ねると、クラシック音楽の棚かポピュラーのピアノ曲の棚にあるはずだと教えてくれた。

 クラシックのピアノ曲の棚を探していると、カバーが虹色のCDがあった。CDのタイトルは「愛の夢」。収録曲を確かめたくてCDを裏返して見たが、曲名も演奏者も入っていない。買おうか買うまいかを決めかねて何気なくCDケースの表を見たとき、私は「これだ!」と思った。
 光の加減なのだろうか。虹色のカバーから女性の顔がホログラムのように浮かび上がって見える。彼女の深い眼差し。吸い込まれそうな魅惑的な眼。彼女の顔に見覚えがあるのだが、いつどこで逢ったのだろう…彼女についてなにひとつ私は思い出せなかった。

「真面目にラブストーリーを書こうとすると苦しいことが多いわよ。ラブストーリーは夢の世界に遊ぶようにリラックスして…」女性の眼がそう語っているように私には思えた。彼女の瞳に私が映っているのを見て、私のハートは完全に飛翔してしまった。
 禁じられた品でも買うように、私はハートの高鳴りを必死に抑えながらキャッシャーの女性の前にそのCDを置いた。

 その夜、私は封を切ったばかりの「愛の夢」のCDを聴きながら眠りについた。甘いピアノの調べに誘われるように、私は愛の夢を結ぶトワイライトゾーンに入って行った。

 私は彼女との永遠のラブストリーを書き始めた。 素敵なラブストーリーを…愛の夢を…永遠に…


Liebestraum
Liebestraum posted by (C)トロイ


追記:

*私のHP『夢幻のスペース・オデッセー』からの転載です。

 夢幻のスペース・オデッセー

HPにも来ていただけると嬉しいです。


*心象風景の画像のある「夢幻のOdyssey(オデッセー)」と「for BLOG_心象風景」はこちらです。↓

  夢幻のOdyssey(オデッセー)

  for BLOG_心象風景

他の画像も見に来ていただけると嬉しいです。

Thank you in advance.
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ジャンル : 小説・文学

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Re: No title

トロちゃんさん

それぞれのひとがそれぞれのラブストーリーを思い描くという形で、頭の中にそれぞれのラブストーリーを書いていると思いますよ。


♪かつての大ヒット曲から、

 Where do I begin to tell the story
 Of how great a love can be

No title

ラブストリーが書けたらいいですね ^^) _旦~~
トロも書いて・・
    でも無理!

どうもありがとうございます。

トロちゃんさん
おはようございます。

コメントをいただき嬉しいです。

若いころからアクティブに日々を楽しんでいらしたトロちゃんさんのご様子が伝わってきます。
その頃にお知り合いになったかたと、いまでも"お喋り仲間"としてお付き合いをしているのは素晴らしいです(^^♪

よい一日を♪

No title

今晩は!

ラブストリーって凄い物語ですね(^_-)-☆

今思えば昔のことですが・・
喫茶店で良くナンパして・・
意気投合してお茶したことがありました!

その当時の方と今でもお喋り仲間として・・
お付き合いをしてますが・・
    懐かしい( ^)o(^ )

お互いに結婚まで至ら無く・・
    何でも話し合える仲間です!
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KJYD

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来てくださったかたがたに、そして『拍手』をしてくださったかたがたに、心から

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